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双眼鏡
「あぁ・・・やっぱり来るんじゃなかった」
私は、そっと独り言を口にした。


その日は、町の夏祭り。
私は、ふとした気まぐれで、ここに遊びに来てみたのだった。


私がこの町に帰ってきたのは、体調を崩したからだった。
そのため、勤め先を休んで、実家に戻ってきたのだ。
体調不良の理由は過労。
そう診断が下ると、すぐさま上司から1週間の休みを言い渡されたのだった。

しかし、実際に実家に戻ってきてみると、な~んにもすることが無い。
非常に・・・・つまらないのだ。
私は毎日、何をするでも無く、ただ、だらだらと一日一日を過ごしていた。

そんな時、町内会の回覧版で、今日から夏祭りが始まることを知ったのだった。

私は『夏祭り』という言葉の響きに、遠い昔を思い出した。

お寺の境内に並ぶ数々の露店とそれらを照らす、橙色の提灯の光。
焼きリンゴや、綿アメや、焼きイカの芳しい香り。
そんな中を、浴衣を来た小さな子らは、少ない小遣いを工面して色々なものを買って歩くのだ。

やがて、祭りの締め括りに、打ち上げ花火が上がるまで....

私は、あの雑踏の中にいるだけで、心が躍ったものだ。
祭りの夜は、何だか特別だったのだ。



そんな思い出が懐かしくなり、私は、久しぶりに夏祭りに出かけてみる気になったのだった。

どうせ、家にいてもつまらないのだから・・・



それなのに。
これは、本当にあの夏祭りだろうか?

私は自分の目をしばらくは信じられなかった。
信じたくなかったのだ。

今、私の目の前に広がる風景は、あの日の夏祭りとは、似ても似つかない。

そう。寂しすぎるのだ。


とはいえ、考えてみたら当たり前である。

あの頃に比べたら、子供の数はおろか、町の人口そのものがグッと減っているのだ。すたれた感じがしてしまうのも仕方ない。

仕方ない・・・
それは分かっているのだけど。

何だか、わびしいものである。

美しい思い出は、美しいままにしておいた方が良かったな。


私はそんな事を思いながら、ゆっくりと提灯の光に誘われて、歩みを進めることにした。

両脇には、露店がぽつんぽつんと並んでいる。
昔のように、活気の溢れる様子は全く無く、なんだか、静かで、だらけている。

「お!お嬢ちゃん、ちょっとこっち見てってよ!サービスするからさ!」
なんて、昔なら、あっちこっちから声をかけられたのになぁ・・・


私は、どの露店からも一定の距離を保ちつつ、石畳の上を歩いた。


ふと気が付くと、私は、ある露店の前に立っていた。

既に哀愁の雰囲気さえ漂っている露店の中で、ひときわ寂しげな雰囲気を醸し出している。

やる気なんて、微塵も感じられない。

その証拠に、店番をしている老人は、顔をこちらに向けることさえしていない。

店先に折りたたみの椅子を持ち出し、そこに座って、うつむいているだけだ。もしかしたら、眠っているのかもしれない。

私は、何だかとても気になって、その店に近づいた。

どうも、その店は『輪投げ』屋のようだ。

陳列されている景品は、これまた全然やる気が無い。

キャラクターやぬいぐるみといった類のものは全く無く、いや、それどころか、全体的に古めかしい物ばかりなのである。
アンティークなんて小洒落た感じも、勿論、しない。

なんじゃ、こりゃ?
私は思わず、ため息をついてしまった。

すると、横でうつむいていた老人が、もそもそと顔を上げる気配がした。
起こしてしまったのだろうか?

「あ、すみません」
私は、反射的に謝った。

しかし、その老人は、そんな事は意に介していないようで、無表情で私に言った。

「ここにある景品は、古いだけの物じゃないんだよ。お嬢さんには分からんじゃろうがな。」

そして、その老人は、少し、人を小ばかにしたような、嫌な笑い方をした。

ヤナ感じ。
私は、思ったが、その『古いだけの物じゃない』という言葉に惹かれた。

ここは少し、オトナになろう・・・

「・・あのぉ。古いだけじゃないって、どういうものですか?」
私は聞いた。

すると、老人は、もそもそと椅子に座りなおし、震える指で近くの貼り紙を指差した。
「やってみたら、分かるわい」

『一回100円』
貼り紙には、そう書かれている。

本当に、感じが悪いなぁ・・・
私は黙ってしまった。

すると、横で、老人がぼそぼそと口にするのが耳に入った。
「わしだって、本当は、売りたく無いんじゃい」

・・決まった。
その一言に私は負けた。


「じゃ、100円。ここに入れますよ」

私は設置されていた箱の中に100円玉を入れ、輪っかを手にとった。

「1回じゃよ」
老人は、こちらを向いて言った。

狙うものは、決まっている。
一番奥の上段に、鎮座している木製の箱だ。

私は、輪っかを水平に構え、狙いを定めた・・・

深く深呼吸・・・そして


今だ!

私は輪っかを放った。


カシャン・・

その瞬間、輪っかは、情けない音を立てて、木製の箱に跳ね返った。

そして、そのまま下に落ち、そこにあった双眼鏡に引っ掛かってクルクル回った。

残念・・・外しちゃった。


私は、老人が双眼鏡を袋に入れてくれるのを見守った。


何だか、随分、古ぼけた双眼鏡である。
・・・何も取れないよりは、マシだけど。

老人の顔は、無表情で皺くちゃだったが、うっすらと嫌な笑みが浮かんでいるような気もする。

「ほい。あんた、これ、覗く時は心するんだよ。」

景品を差し出しながら、老人は言った。

「これは、あんたの運命の人が見える双眼鏡なんだから。」

は?今何て?
私は奇妙な違和感を覚えた。

もちろん、その台詞自体が奇妙なものであるが、何よりもその老人の口から『運命の人』などという甘美な単語が飛び出てきた事が、意外だったのだ。

訝る私に、老人は重ねて言った。

「ただし、一回しか見えないからな。そのつもりで覗くんじゃよ。」


一回しか覗けない、運命の人が見える双眼鏡....

私は、心の中で反芻しながら、老人から袋を受け取った。


一回しか覗けない、運命の人が見える双眼鏡....

私は、微妙に重たい袋を片手に、そのまま帰路に着くことにした。


途中、一度だけ振り向いてみると、両脇に並ぶ提灯の、淡い光がぼんやりと闇に揺れており、なんだか、妙に、切なかった。



『運命の人』・・・

私は、その言葉に惹かれていた。

そして、ぼんやりと、彼のことを想ったのだ。

彼は、きっと、私に休みを言い渡した後も、仕事に没頭しているに違いない。
私は彼の真剣な横顔が好きなのだ。



あの人は、私の運命の人だろうか・・・?



家に帰り着くと、私はすぐさま双眼鏡を手にとった。

部屋の蛍光灯の下で見るそれは、古いというよりも、むしろ、ボロボロだった。


いや。そんな事は、どうでもいい。

私は、彼が運命の人なのかを知りたい。

知りたいのだ・・・



しかし、私は、どうしても、双眼鏡を覗くことが出来なかった。


恐かったのだ。

もし、『運命の人』があの人じゃなかったら、どうしよう。

別の誰かが、この双眼鏡の中にいたら・・・

私は、立ち直れない。



一回しか覗けない、運命の人が見える双眼鏡....

私は、ため息をついて、双眼鏡を窓辺に置いた。


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物語 | 17:25:00 | Trackback(0) | Comments(17)
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